「的を得る」は正しい表現
「的を得る」は「当を得る」「的を射る」の誤用であることは良く言われており、最新のATOK17では「まとをえる」を変換すると同様の指摘をしてくれますし、共同通信社の記者ハンドブックにも「的を射る」を使用するように書いてあります。しかし、駿河台予備学校世界史講師の中谷臣氏のサイト「世界史教室」によると、「的を得る」は漢語に由来する正しい表現なんだそうです。
ただ、「的を射る」を誤った表現であるかのように書いてあるのにはがっかり。「正鵠を得る」から変化した「的を得る」が本来の表現だっだとしても、現在では「正鵠を射る」や「的を射る」という表現も正しいと言えるのではないでしょうか。例えば「一生懸命」も「一所懸命」が変化した表現ですが既に市民権を得てますし、以前は忌み嫌われていた「ら抜き言葉」も今では可能と受け身を区別しやすいという意見もあるように、言葉は常に変化するもの。「正鵠」から「的」への変化は認めておきながら「得る」から「射る」への変化は認めないというのは、主張に一貫性がないように思います。


Comments
私も気になって調べたことがあるのですが「正鵠を失う」から「的を得る/射る」への移り変わりを文献にもとづいて示した資料は見たことがありません。中谷氏の記述も推測を並べたにすぎませんね……。あんな長い注をつけるくらいなら歴史の先生らしく「正鵠を得た答案」とでも書けばいいのに。
Posted by: 9981 | 2004.02.09 at 21:52
もしも、「正鵠を失う」→「正鵠を得る」→「正鵠を射る」→「的を射る」なんて移り変わりだったら、「的を得る」は間違いですよねぇ(笑)。
「9x9=81@cocolog」は、いきなりQカップの話題でびっくりしました。Qカップと聞いて最初に思い浮かぶのは森川まりこなんですが、最近は他にもいるんでしょうねぇ。てな訳で、「Qカップの威力」の続きを楽しみにしています。
Posted by: 椎名まお | 2004.02.09 at 22:21
「変化した表現ですが既に市民権を得~」
と言ってしまっては、
いままでは確かに間違った表現ですが
これから市民権を得るのです、ということになりますね
Posted by: st | 2004.08.26 at 04:26
「だっだとしても」もと書いてあるが。
文章をちゃんと読んでないみたいだなぁ。
Posted by: | 2006.03.01 at 15:17
>どうやらどこかの受験関係の掲示板で
>「正しい日本語もわからないのに偉そうなことをいうな」
>という旨の非難をされたらしく、
>中谷氏は真正面からそれを論駁した。
論争が起こってるわけか。
内容について書いた文章を探したが、
「「的を得る」という表現は、
日中出版『論語の散歩道』重沢俊夫著や、
大修館書店『日 本語大シソーラス』山口翼編の「要点をつかむ」
という項目にもあります。また小学館 の
『日本国語大辞典(12)』にも「まとを得る」があり、
中国文学の京大助教授・高橋 和巳の小説から
「よし子の質問は実は的をえていた」を引用しています。 」
ということがわかった。
Posted by: | 2006.03.01 at 15:50
ここ最近TVでやるまで「的を射た」なんて聞かなかったし、言ったことも無かったんだけどなぁ。
違和感が大きくて・・・。
ら抜き言葉と同じくらいムズムズする。
確かに「射て」も「当たる(得る)」とは限らないかと。
Posted by: | 2006.12.05 at 09:30
頭皮ガチガチの国語の先生なんかに
的を得たなんて言ったら注意されそうだけど
頭皮柔軟な英文科の先生なんかは
言語は日々変わっていく物だと認識しているから
的を得たのが現代語としては自然だと思ってそう。
Posted by: | 2009.04.30 at 13:21
今まで「的を射る」のみ意味を成り立たせる遣い方だと信じてましたから、驚きました。「得る」でも誤用と言わない…自由度は増えた訳ですね。
言葉の変化や柔軟性を認めつつも、できるだけわかりやすい表現を意識することと、誤解や無意味な物議を起こす必要性を感じませんので、私は基本的に「射る」を用いたいですね。
Posted by: | 2009.10.01 at 01:22